Neon Genesis Evangelion SS.
Written by 雪乃丞.
復讐のエチュード   《前編》




エチュード
〔 (フランス) étude 〕
〔勉強・練習の意〕

(1)声楽や楽器演奏の練習のためにつくられた楽曲。
   練習曲。芸術的にすぐれた作品も多い。「ショパンの―」

(2)絵や彫刻などで、習作・試作。

〜大辞林第二版より〜







 湖に面した湖畔に、その少年達の姿はあった。
水面から反射される温かい朝日の中で、白いテーブルを挟んで。そんな二人の少年達は、二人とも椅子に腰掛けて向かい合っていた。一人は、だらしなく足を組んでタバコをくわえて。もう一人はココアの甘い香りの漂うマグカップを手に持ちながら微笑みを浮かべて。そんな二人は向かい合っていながらも、視線を湖の中央へと向けていた。そこには、巨人の姿があった。頭部と両腕があったと思われる箇所から、その部位を失い、ボロボロに壊れている巨人だったモノの躯が……修理する気が失せるほどに大破した巨人の躯が立ち尽くしていた。

 エヴァンゲリオン零号機。それは、湖の中央で立ち尽くす巨大な躯の名前だった。だが、その巨人が零号機の名で呼ばれていたのは、今から一週間ほど前までの話だった。襲来した使徒を道連れに自爆したのだ。その時に襲来した使徒は、物理的にエヴァンゲリオンと融合するという攻撃手段をもって、この地を制しようとしたのだ。そんな相手を前に、零号機は自らの体を囮として殲滅を図った。物理的に融合された上で、自らのコアを圧壊させ、自爆する。それは、使徒を殲滅するのに十二分な破壊力を生み出す結果となっていた。凄まじい破壊の傷跡を都市にも刻んでいたのだ。

 実のところ、二人の目の前にある湖は、ほんの一週間前まで存在していなかったのだから。そして、一週間前までは、そこには広大な都市の姿が広がっていた。使徒迎撃要塞都市、第三新東京という名前の街が。

 そんな新造の湖に面した、その場所に居たのは……エヴァンゲリオンのパイロット達だった。

「なあ、シンジ」
「なに?トウジ?」
「ようやく、やな」
「……そうだね。ようやく、ここまで来たね」

 黒っぽい色をしたネルフ仕官の制服を着た黒い髪に浅黒い肌の少年と、それとは対照的に白い制服を着た少年。それは二人の居る場所の地下にある、広大な敷地をもつ施設ジオフロントの更に地下に存在するという国連直属の特務機関ネルフに所属する仕官が着用する制服だった。なぜ、同じ組織に所属している少年達が異なる様式の制服を着ているのか。それは単純に所属している部署の違いによるものだった。

「でも、本当に良かったのかな?」
「なにがや?」
「トウジ、本当に……保安部に入っても良かったのかなって……」

 エヴァンゲリオン参号機・改専属パイロットと、保安部のチルドレン護衛官を兼任する少年。それが、フォースチルドレン鈴原トウジ二尉だった。そして、そんなトウジが護衛しているのは、初戦から数えて最多使徒殲滅数を誇るエースパイロット、サードチルドレン碇シンジ特務二尉である。今や、この二人がネルフの誇る、最強のパイロット二人組であり、人類最後の砦に相応しい戦歴を誇る戦士達である。しかし、そんなパイロット達の一人、参号機のパイロットだったトウジは何を思ってか、先日、パイロットを辞めてしまっていた。無論、理由あってのことであり、上層部も『緊急時にはパイロットに復帰する』という条件付きではあったが、それを許可してしまっていた。

「ワシがエヴァを降りたことが、そんなに不思議なんか?」
「……だって……」
「まあ、確かに、ワシはエヴァに……あの参号機に拘っとったで?でもなぁ、それはお前かて知ってるやろうけど、お前一人にナンもカンもひっかぶせて、苦労させるわけにはいかんちゅー意味やったんや」
「……だったら」
「それにな。次のヤツはエヴァはいらんやろ?」
「……」
「何も変なことあらへんって。相手が相手なんや。……今度のヤツは、ワシ向きちゅーことやで」

 そんな二人の間には、どこか緊張した空気があった。

「……殺すの?」
「使徒は殺す」

 短い問いに返される答えは、やはり短いものだった。

「それが、ワシみたいな人間と使徒の混ざりモンの存在意義や」
「……」

 そんな答えを返すトウジの瞳にやどる苛烈さに圧倒されたのか、シンジは黙ったまま俯いてしまっていた。

「ははっ、じょーだんやって。そないに暗い顔するなや」
「……でも……」

 今のトウジの顔……冗談を言ってるようには見えなかった。
そんな言葉に出来ない苦しみを伴う言葉を飲み込んでしまったシンジに、トウジは少なからず呆れた風に尋ねていた。

「あのなぁ……シンジ。ワシは、何や?」
「トウジは、トウジだよ。……僕と同じ、エヴァのパイロットで……」

 シンジに次いで最多使徒撃退数を誇る、もう一人のパイロットで。潜在的な能力だけを見るなら、シンジを遥かに上回ると評価される、勇猛果敢なパイロット。そして、ネルフが抱える暗部の一つであり、最も諜報部と保安部に警戒されているであろう要注意人物であり、裏切り行為が即、死に繋がる場所に立つ少年でもあった。しかし、シンジは、それでもトウジのことを友人だと……なによりも自分と変わらない存在であると思いたいのかったのかも知れない。

「そうや。ワシはワシや。それに、今は、お前の護衛官なんやで?」

 なにしろ、ATフィールドが使える上に不死身なんや。盾には最適やで。
そうあっけらかんと自分の抱えることになってしまった秘密を笑うトウジに、シンジは不可解そうな表情を見せていた。そこにあったのは困惑であろうか?それとも安堵であろうか?

「……殺さなくちゃいけないのかな?」

 不安そうに瞳を揺らめかせながら口にされた言葉は、あまりにも唐突なものだった。しかし、トウジはその言葉の意味を違えることはなかった。

「渚っちゅーヤツが、お前の言う通り、ここの『下』を目指すんやったらな」

 そう答えるトウジの腕は、半ば無意識のうちに左足へと伸びており。そこでは、右足の太ももの上に載せられていた左足を撫でていた。それは、まるで黒っぽい色のズボンの肌触りを確かめるかのように。だが、その手には、温かみと同時に、硬い感触が伝わっていた。本物の足のように動くし、感覚まであるというのに、それは本物の足ではなかったのだ。エヴァの構成材と同じ生体金属で作られた義足である。それなのに、感覚まであるというのは、トウジの体験した悪夢が原因だった。トウジの体は、その作り物である義足を侵食し、自らの一部として取り込んでしまっているのだ。そのため、トウジの左足は、普通ではありえない生きた義足という矛盾した存在となっていた。それを可能としているのは、トウジの体内で共生している使徒バルディエルの力によるものだった。

「……カヲル君とも共存できると思うんだ」
「ワシは、この通り使徒と仲よーしてるし、使徒と同化してもうたワシとでも、ネルフの人らぁは、こーして仲よーしてくれとるんやで?……たぶん、出来るんやろうな」

 それが駄目なときには力ずくでも止めたるわ。
そう言いきったトウジに、シンジは微笑みを浮かべていた。

「なんだか、いつも助けられてばかりいる気がするね」

 トウジから左足を奪ったのはシンジだというのに。だが、そのこと自体をトウジはもう責めてはいなかった。その時のシンジの乗る機体の状態を知っているだけに、シンジを責めても仕方がないと分かっているのだ。しかし、シンジの言葉に答えるトウジの表情には、どこか硬い笑みだけがあった。

「これでも好きでやっとるんや。気にせんでエエって」
「……それでも、言わせて欲しいんだ」

 自分から僅かに視線を逸らせているトウジに向かって、シンジは微笑んでいた。

「ありがとう」

 そんなシンジの前で、トウジは薄く笑みを浮かべていた。
『ほんま、お人好しなやっちゃで』とでも言わんとするかのようにして。

「でも……ホンマ、長かったな?」
「うん」
「ワシとお前が出会って、そろそろ一年くらいか?」
「僕にとっては……」
「ああ。二年、やったな」
「……うん」

 トウジが使徒と融合してしまったのと同じように、シンジにも人に明かせない秘密があった。それは……シンジには未来の記憶が『あった』ということだ。この街に始めて訪れた日。シンジには、なぜだか、その日に起こることだけでなく、未来に関する記憶までもがあったのだ。その理由も、なぜ、そんな記憶があるのかという原因も分からない。しかし、それだけが事実だった。端的に言うならば、シンジは未来一度経験しているということになるのだろう。もっとも、それを人に言っても信じて貰える筈もないので、そのことを知っているのはトウジのほかには数名だけなのだが。

「そろそろ、リツコさんらにも、ほんまのこと話してエエかもしれんな」
「……そうだね」

 そんな少年達の下に、フィフスチルドレン到着の知らせが届いたのは、それから数分後のことであった。







 少年達が、本部に戻ってきた時。そこには初対面のはずなのにシンジのよく知る少年と、こっちのほうは頻繁に顔をあわせるシンジだけでなく、トウジもよく知る上司の姿があった。

「鈴原二尉、遅いわよ」
「……そら、悪かったな」

 トウジに対して感情を感じさせない声で文句を言う女性の名は、惣流キョウコ=ツェッペリン一尉。今現在のトウジと同じ、保安部のチルドレン護衛官である。トウジがサードチルドレンであるシンジを護衛しているのと同じように、つい先日までファーストチルドレンを護衛していた人物なのだ。もっとも、先日の零号機の自爆によってファーストチルドレンである綾波レイが重傷を負い、戦線離脱してしまっていたので、今は、この通り、フィスフチルドレンの護衛を担当しているのだが。

「そいつが?」
「そうよ。誰かなんて言わなくても知ってるでしょ?」
「書類は見たんやけどな」
「写真はまだってこと?」
「そういうこっちゃ」
「ご立派な護衛官だこと」
「うるさいわい」

 そんなトウジと話をしているキョウコは、少しばかり特徴のある容姿をしていた。比較的体格の良いトウジと比べても頭一つ分くらいは背が高く、均整のとれた肢体は無駄のない鍛えられ方をしているといえるであろう。そして、肩の上あたりで短く切り揃えられた癖のない赤みがかった金髪なのは、名前からしても外国人の血が混じっている証のようなものなのであろう。だが、その顔には明らかに、えぐられたかのような傷跡によるものと思われる引きつれがあった。だからこそ常に人前ではサングラスで顔を覆っているのであろう。そして、右手だけに手袋をしており、右手首から肘までは包帯らしきもので覆われている。その下に、まるで肩のあたりまで二つに引き裂かれたかのような醜い傷跡があることを、トウジはよく知っていた。そして、そういった引きつれを伴った傷跡が腹部を中心とした全身に広がっているということも。……おそらく、この本部の中でも、キョウコの傷跡を見たことがるのは、トウジのほかには上層部の数名だけであろう。

『……この人も、カヲル君のこと知ってたんだ……』

 それを何となく二人の視線や雰囲気から察したシンジである。そんなキョウコの名前が偽名なのではないかと疑問は、いつもシンジの中にあった。なぜかというと、シンジの知るもう一つの過去……ややこしいのだが、シンジが知っていた『この一年の中で起こったのであろう記憶』の中にあった赤毛の少女に、名前だけでなく容姿までも何処となく似ていたからである。もっとも、キョウコはどう見ても20代後半の女性なので、その14歳であるはずの人物と同じ人物なはずがないし、その少女は、海の上で一人の男と共に姿を消してしまっていたのだが。

『アスカと加持さん……何処に行っちゃったんだろう?』

 エヴァンゲリオン弐号機の輸送中に、国連軍の太平洋艦隊は、使徒ガギエルと遭遇した。そして、協力してガギエルを撃退した後、オーバーザレインボウは新横須賀に入港したのだが、その甲板上には、力なく横たわる弐号機だけが残されていた。そして、そんなエヴァの操縦席のみならず空母内にも、弐号機を駆って使徒を撃退したはずの少女の姿はなく、そんな少女の護衛をしていたはずの男の姿もなかった。あったのは、割り当てられていた船室に残された、厳重に封のされたトランクが一つだけ。それだけが、男と少女が残した痕跡だったという。それは、シンジの知る歴史との大きな相違点であり、キョウコの姿も、シンジの記憶の中にはなかったのである。

『これが……歴史が変わったってことなのかな?』

 あるいは、そこで何があったのかは、キョウコだけしか知らないのかも知れない。なぜなら、作戦部長である葛城ミサト三佐(当時は一尉)と共にセカンドチルドレンである惣流アスカラングレーを迎えに行ったのは、他ならぬキョウコなのだから。しかし、キョウコは、問われるまでもなく『自分は、何も知らない』と口にしていたし、上層部も、そんなキョウコに何の処罰もしていないところを見るに、あるいはそれが事実なのかも知れないと、シンジも感じ初めていた。

「……あのキョウコさん」
「なに?」
「綾波の容態は……」
「ファーストチルドレンなら、あと二週間で退院するそうよ」

 その言葉に僅かに喜色を浮かべたシンジに、キョウコは否定的な言葉を続けた。

「ただし、当面は面会謝絶でしょうね」
「そんなに……酷いんですか?」
「いいえ。傷一つないわ。そうでなくちゃ、二週間で退院できるはずないでしょ?」

 それは、まるで確認してきたかのように。そして、重傷で入院しているはずのレイが無傷だという答え。それはレイの真実を知るシンジにとっては、少なからず悪意に満ちた答えだった。そんなキョウコに、トウジは口の端に苦笑を浮かべていた。『相変わらずやな』とでも言うかのように。

「でも記憶に大きな混乱が見られるそうなの。だから、当分、面会は許されないでしょうね」

 その言葉に何も答えないシンジに、キョウコは微笑みすら見せずに言葉を続けていた。

「文句があるのなら司令に直に言うことね」

 そう冷たい声で答えるキョウコに、その横で微笑んでいたアルビノの少年が声をかけていた。

「……そろそろ僕を、彼にも紹介してもらえないかな?」

 そう今まで無視するかのように放っておかれながらも、どことなく楽しげに声をかけたのはアルビノの少年だった。フィフスチルドレン、渚カヲルである。そんなカヲルに、キョウコは何も答えなかった。

「……どないするんや?」
「え?」
「シンジ。決めるのは、お前や」

 そうキョウコの代わりに口にするトウジは、上着の内ポケットからサングラスを取り出して身に着けていた。そして、反対の腕には、鈍く光る銃が握られていた。それは、キョウコも同じである。これから、何が起きるのかと興味深げに見ているカヲルを挟んで、キョウコとトウジは銃を手にしていたのだ。

「今じゃなくちゃ……駄目なの?」

 そんな三人から僅かに離れたい位置にいるのはシンジ。その表情には戸惑いしかなかった。

「ここが最適なんや。なにをするにせよ、な」
「そうね」

 周囲に監視装置がない場所に……施設内のMAGIの目の死角ともいえる場所に、トウジとキョウコの二人が、こうしてカヲルを連れ込んでいたことなど、保安部に所属してさえいないシンジには、分かるはずがない。だが、これから起こる出来事が、ただ事では済まないであろうことは、素人であるシンジにも分かっていた。……本気だ。そう感じるのは事実だったのだ。

「なんで、今なの?」
「私達には時間がないの。サードチルドレン、今すぐ決めなさい」
「そんな……」

 そう手袋に包まれた右手で、銃をカヲルに向けて告げるキョウコを前に、シンジは何も答えられない。そして、助けを求めるかのようにトウジを見たのだが、そこにはシンジの視線を跳ね返すサングラスに覆われた顔があった。その口元に苦笑が浮かんでいることが、シンジを絶望させていたのかも知れない。

「……二人とも……最初から、そのつもりだったの?」
「まあ、正念場ちゅーヤツやな。ワシらにとっても、お前らにとっても」

 トウジは、言外に、それを認めていた。最初からカヲルと共存など出来ないと決めつけ、ここで殺そうとしていたと。最初から、そのつもりだったことを認めていた。あとは、シンジの意思だけだと答えたのだ。

「……僕が……それを決めるの?」
「正直なトコ、ワシらは、別にどっちでもエエんや」
「そうね。私達にとっては、コイツがどういった死に方をするかなんて、どうでも良いといえばどうでも良い話でしかないわ。だって、結果は同じなんだから。違うのか、過程だけ。……誰が、殺すかといった問題でしかないのよ」
「だったら、別に今じゃなくても良いじゃないか!?」
「はっ?アンタ、馬鹿でしょ?」

 抗議しようとしたシンジの声を、キョウコは一言で封じ込めた。

「こいつは、アンタを裏切って、心に傷を負わせるのが使命なのよ?それを諦めるはずないでしょーが」
「せやな。コイツには、最初から『諦めて、ワシらと仲よーする』なんて選択肢、何処にもなかったんや。せやから、ここから先は、お前の知ってる通りにしかならん。……ワシん時だって、小さな変化は起こせても、大きな流れは変えられへんかったんやろ?……案外、これが運命なんかも知れんで?」

 そんな二人の言葉に、シンジは俯いたまま震えていた。

「せやから……シンジ、お前が決めろや」
「アンタに決めさせてあげるわ。自分で殺すか、それとも私達に頼むか。……決めなさい」

 そう答えるキョウコは珍しく笑みを浮かべていたし、そんなキョウコとカヲルを挟んで立つトウジは、銃をぶら下げたままタバコを口にくわえていた。

「鈴原?アンタ、タバコやめるって、私と約束したの忘れてんじゃない?」
「そんなん、とうの昔に忘れたわ」

 そうなんでもないと言うかのように、いつものように言葉を交わす二人から視線を逸らせたまま。シンジは、俯いて震えていた。そんなシンジに、カヲルは微笑みを絶やさないままに尋ねていた。

「君がサードチルドレンなのかい?」
「……うん」
「もし良かったら、どういうことなのかを教えてもらえないかな?」
「……」
「僕には、なぜ殺されそうになっているのか事情が分からないんだよ」
「……僕にだって……分からないよ」

 そんなカヲルに、トウジは短く答えた。

「お前が使徒やからや」
「ネルフは、使徒を殲滅するための組織。私達はネルフの人間なの。お分かり?」

 そう口の端を歪めて笑うキョウコに、カヲルは苦笑を返していた。

「君達は好意に値しないね」
「化けモンに好かれても嬉しゅーないわい」
「……僕には、君達が何を言っているのか分からないよ」
「使徒タブリス。使徒の最終進化形。ゼーレの求めた最後の使徒にして、最後のシ者」

 パシュ。

 キョウコの手にしていたサイレンサーの装着された銃が、小さな音を立てる。それが赤みのある壁によって弾かれても誰一人驚かなかった。カヲルが使徒であることが証明されただけであり、ここに居る三人にとっては予定調和の中の出来事でしかなかったのだ。それを、シンジも内心では認めていたのだろう。

「これがアナタが使徒であることの証明ってわけ?どう?言い訳でもしてみる?」
「人迷惑も大概や。おとなしゅー死者になっとれ」

 そんな下らないとばかりに口にする二人に、シンジは理解出来ないといった視線を向けていた。

「なんで……なんで、そんなこと言うんだよ!」

 そんないつまでも決断のつかないらしいシンジに見切りをつけたのか、トウジは僅かに呆れたようなため息をつき、キョウコへと問いかけていた。

「……どないする」
「そんなの最初から決まってるでしょ?」
「せやな」

 二人は、もうシンジに用はないとばかりに、カヲルに向けて銃を構えていた。

「そんな玩具で、僕をどうするつもりなんだい?」
「殺すに決まってるでしょ?……鈴原」
「わかっとるわい」

 キョウコの合図に応えるようにして。

 ざわざわざわざわ。

 トウジの肌の表面にビクビクと脈動する葉脈が広がり、それを見たカヲルの表情が驚愕に歪んだ。

「使徒は、お前だけやない」
「……ま、まさか……バルディエル!?」
「知るか、ボケ」

 少年の冷たく冷えた心の壁が、カヲルの心の壁を侵食し、打ち消していく。それは、単純に使徒バルディエルの力を取り込んだだけでは成しえないことであろう。……だが、それは当人達にとっては、どうでも良いことだった。それが出来ることだけが重要だったのだ。

「去ねや」

 パシュ、パシュ、パシュ、パシュ、パシュ、パシュ……。

 二人の手の中にあった銃が無数の弾丸を吐き出し、少年の体を穴だけにしていた。

「……な……ぜ……」

 床に突っ伏し、口から赤い血を溢れさせて呟く少年を前に、トウジは口に歪んだ笑みを浮かべて。

「ワシは、使徒が憎い。それだけで十分や」

 キョウコも、空になったマガジンを交換しながら一言だけ答えていた。

「ゼーレ、大っ嫌い。理由なんて、それだけで十分よ」

 ババシュ、バシュ、ババシュ、バシュ、ババシュ、ババシュ。

 呆然となったシンジが無表情のままに涙を溢れさせれる前で。
二人の手によって頭部を蜂の巣にされたカヲルは見るも無残な姿で息絶えていた。



<後編へ続く>





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